配偶者居住権の恐ろしい真実(相続税法)
平成30年7月の民法改正により、「配偶者居住権」の制度が新設されました(令和2年4月1日施行)。この配偶者居住権、騒いだ割には利用されていないそうです。そもそもどんな制度なんでしょうか。
配偶者居住権には、大きく分けて、短期配偶者居住権と配偶者居住権(長期、とはいいません)の2種類があります。父が亡くなり、父所有の家に同居していた母と、別居の息子がいたとしましょう。短期配偶者居住権というのは、簡単にいうと、母と息子の間で遺産分割が決まるまで、配偶者である母がタダで父所有の家に住み続けられる権利です。これには相続税がかからないので、税理士の世界では話題になりません。
それなので配偶者居住権というと、長期のことを指すことが多いです。例えば財産が家と預貯金しかないような場合、配偶者が家、息子が預貯金と相続すると、配偶者がお金がなくて困るでしょうから、家を利用権と所有権に分けて、利用権を母、所有権を息子に相続させることで、母も預貯金を相続できます。また、めぼしい財産が家しかない場合、家を売却してお金で分けることになり、配偶者が家を失うのは可哀そうだ、ということで、配偶者に家にタダで住み続ける権利をあげよう、という趣旨もありますね。
どちらにしても、この制度は「配偶者の保護」が目的です。配偶者を保護するということは、必然的にそれ以外の相続人、今回の場合は息子が割を食う、ということになります。
ハキハキした賢いお母さん(野際陽子さんのイメージですね)が、息子にこう言ったとします。
「財産は家しかないから、お母さんが全部もらったら悪いから、私は住めればいいから所有権はあなたにあげるわよ。」
なんて控えめないいお母さんなんだろう、なんて騙されてはいけません。配偶者居住権を設定するということは、一言でいえばこういうことです。
息子は、母がタダで住む家の都合のいい大家になれと言われている。
????どういう意味でしょうか。
配偶者居住権を設定すると、何度も言いますが配偶者はそこにタダで住む権利を得ます。建物の固定資産税は母が負担する決まりですが、土地には配偶者居住権は設定できないため、土地の固定資産税は所有者である息子の負担になります。また、建物の固定資産税の請求も所有者である息子にくるため、母が払わなければ結局息子が払う羽目に。家が壊れて修繕が必要な場合も、母が直さなければ、(それで家が傷んで困ると思えば)息子が自腹で修理することになります。
それでも、息子が独身だったら、子が母のために家の経費を負担しても特に不思議はないでしょう。ところが、この息子に嫁がいたとしたら事態は変わります。自分の旦那が姑の家のために税金やら修理費やらをせっせと払っているのは、きっと面白くないはずです。それでもまだ、旦那がやっているうちはいいでしょう。問題なのは、母より先に息子が亡くなった場合です。家の利用権は母のまま、家の所有権は嫁が相続することに。嫁にしてみたら、なんで姑のために私がお金ださなきゃならないの!と全く納得がいかないと思いますよね。
配偶者居住権を設定した場合、所有権を取得した人は、まったく使用収益できない家のために、せっせと経費を払い続けなけれならないのです。それに気づいて親子でもめて、母が「いいわ、配偶者居住権は放棄してお母さんでていくから!」と言ったとします。これで家の経費は払っても、住んだり貸したりできるようになる。よかった、なんて思わないでくださいね。
配偶者居住権を放棄される、ということは、家の所有者にとっては家を利用する権利がタナボタで転がり込んでくるということ。つまり、得をする。そう、みなし贈与で今度は多額の贈与税がかかります。どちらにしても、所有者には不利しかないんです。それならいっそ、お母さんに得をした分お金を払うよ、という孝行息子もいるかもしれません。ところがそうすると、今度は母の方に譲渡所得税がかかります。(しかも総合課税なので累進税率です。)
贈与税も、所得税の総合課税も相続税より税金は高くなるでしょう。多くの配偶者居住権は終身ですから、慌てて所有権をもらうよりは、母に相続させて、母が亡くなってから家をもらえばいいと思います。
親子が仲がいい場合でも、家の売却や建て替えをしたいとなると、先ほどの配偶者居住権の放棄によるみなし贈与の問題が発生します。母が老人ホームに移りたい場合もあるでしょう。その場合でも、配偶者居住権は残りますから、「母がタダで住める権利付きの物件」なんて売れないし担保価値もない・・・どうしようもない不動産になりますね。
確かに、母が死ぬまで家に住み続けた場合、配偶者居住権は配偶者以外に相続や譲渡ができないため、死亡と同時に消滅します。だから、母から子への相続では相続税がかからない。それで節税になる、という意見もあるでしょう。けれども、子が所有権を取得することに、正直何のメリットも感じません。せめて共有で相続した方がまだいいでしょう。
そんなことから、配偶者居住権はやはり使いにくく、利用実績が少ないのだと思います。節税になると税理士が言ったから、野際陽子さんみたいな(笑)賢い母に言われたから・・・それを鵜吞みにして、迂闊に配偶者居住権を設定しないよう、しっかり考えて決めてほしいと思いますね。
余談ですが、野際陽子さんが演じられた役は、私はとても好きでした。大昔のドラマですが、「ダブルキッチン」のお姑さん役は、姑として迫力はあるんだけど、可愛げがあるというか、なんだか憎めないんですよね。また、「トリック」の主役のお母さん役も、商魂たくましいのに全然嫌味がありません。見られた方もいらっしゃると思いますが、男の子が生まれる、女の子が生まれる、というお札のくだりなんて、もう感服してしまいました。残念ながらもう亡くなられてしましましたが、心よりご冥福をお祈りいたします。